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KEN's Roomは「真理の探求者」の独り言のサイトです。

真理

真理

世界のあちらこちらで、人々は水晶の欠片を見いだした。それは真理の様相を呈していた。人々はそれを真理の全体だと思いこんだ。それを手にした者は、宗教組織の開祖となり、あるいは思想家となった。別の者は科学者や医者となり、他の者は文学者や芸術家として成功し、さらに他の者は哲学者となって歴史に名を残した。しかし彼らが持っていたのは真理という水晶のかけらにすぎなかった。そのため普遍的かつ絶対的で永遠のものには成り得なかった。真理の全体ではなかったのだ。こうして世界に真理の欠片をもった多くの宗教家、学者、組織指導者、芸術家が生まれた。

 「真理の探求者」‥‥いつの時代も真理への渇望を抱く者がいた。彼は真理を求めて伝統的な宗教指導者に会った。その教えに感動し、彼は知識と行動において成長していった。やがて彼はこの教えだけでは、真理の他の部分が見えない事に気づいた。確かにある側面を教えてはいるが、別の部分が欠けていた。それでも彼はいつか知ることが出来るだろうと、辛抱してその道を歩み続けた。

 ある時彼は思った、他の宗教指導者たちはなぜ、別のことを教えているだろうかと・・・。そして他の指導者と会ってみた。するとそれも真理であった。しかし、やはり真理の一面でしかなかった。彼は世界中を旅して、自分が知らない他の指導者にも会った。そして気づいた・・・・彼らはみな、真理のカケラを教えている。彼ら自身真理の全体をつかんではいないのだ。

 彼はすべての師と分かれ、世界に散らばった真理のカケラを収集し寄せ集め、熟考した。何十年も探求していくうちに、おぼろに真理の全体が浮かんできた。彼はようやく、真理の全体に至る道の入り口に初めて立った事を意識した。

 空海は真理の端緒に触れた時、その興奮に震えた。しかしそれで満足出来なかった。それは真理の枝の先端であると知っていたからだ。彼はそこから手を伸ばし、中心へ這い伝いはじめた。もっと太い幹へ、真理の中心へと・・・。彼は「真理の探求者」としてふさわしい態度をもっていた。求め続けた彼がたどり着いた場所は、あの「真理の先端」だと思ったものでさえ霞むほどの輝きだった。あの興奮は、真の真理の外側にたゆたう、ぬめりにすぎなかった。彼は自分の考えが全く及ばなかったものに飲み込まれていた。「永遠の絶対的存在」の中で、その光の反射を僅かに受けただけで、初めて「意識」した。「目覚める」という事を・・・自分が何者であるのかという自己意識を・・・。

「私とは何者なのか」。
「生とは、死とはどういう事なのか」。
「私はなぜ生まれるのか」
「人の苦しみ、楽しみ、悲しみ、痛みの仕組みは何か」

真理の探究者

「真理」との出会いは不思議で、真理の先生を探す必要はない。自ら生徒としての準備ができた時、教師は現れる。何十年も真理を探して来たのに、とうとう見つからずに諦めかけた時、それは突然現れる。
 真理は今、誰の目の前にも置かれているのに、気づけない人が多い。現在の出来事、過去の人生、世界の現象、いや、目の前の花一輪に集中して観察力を働かせさえすれば、真理の端緒はそこにあるのだけれど・・・・。
 あなたが真理を求めるとき、このサイトの情報は、真理の糸口になるwせしれません。そして、真の安心と平和に導くはずです。
 あなたの理性を信頼してください。
 澄みきった目でその教えが生み出したものを見て下さい。
 宗教に加入しているなら、いつも巧みにお金と結びついていないか考えて下さい。
 あなたの良心、感じたその感覚を信じて下さい。違和感があるなら、何に反応しているのか正直に自分を調べて下さい。
 あなたが何かに縛られている、とても窮屈であると感じていたら、何がそうさせているのか調べてみて下さい。
もしかしたら、あなたの信じていることが、いつもあなたに恐怖を感じさせていないか、確認してください。
 「真理はあなたを自由にするでしょう」と言ったイエスキリストや、罪の意識からの開放を望んだブッタ、真理を地上に散りばめた「絶対永遠の存在」(神)は、人に真の自由を欲する本能を与え、いつも正しい方向を望むようにされたのです。

 「真理の探究者」は、おそらく「ダスカロス」から真理の全体を学べるでしょう。ご自身で探求してください。探求の手だてはすでに十分すぎるほど用意されていますから。